エンゲストローム(1987)拡張による学習――活動理論からのアプローチ
読むまでは本の性格がよく分かっていなかったが,読んでみてあくまで介入のためのマニフェストなんだなと納得した.活動システムの図が有名な割に,学説史的にどういう意義があるのかほぼ分からない本である.ただ翻訳においては原著から――「全体を読み通すのに容易であるようにと考えて」――割愛された部分があるので,そこに記述があるのかもしれない.あるいは,レオンチェフを読んだほうがいいのかもしれない.
「拡張的な発達研究」においても「活動システムの分析」のステップは存在しているが,その分析をどれだけ豊かにできるのかという方向性での研究は進んでいるのだろうか.本書では「対象と道具に注目しよう」程度のことしか言っていない.一方で,「活動システムの分析」自体は,エスノメソドロジーやSTSといった分野がそれを究極的な目的にして研究しているぐらいなのだから,そう簡単に分析をやり遂げられるようなものでもないと思う.
「文化歴史的活動理論(Cultural Historical Activity Theory: CHAT)の文脈に位置づけられた研究において活動システムの分析がいかにやり遂げられているのか」という問いは先行研究を読むときに意識しておきたい.介入先行で分析が手薄な研究というのは学術的新規性が全くわからないものになりがちだから.
- 作者: ユーリアエンゲストローム,Yrj¨o Engestr¨om,百合草禎二,庄井良信,松下佳代,保坂裕子,手取義宏,高橋登,山住勝広
- 出版社/メーカー: 新曜社
- 発売日: 1999/08/05
- メディア: 単行本
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日本社会と「楽しさ」
なぜ自分が大人の趣味を研究しているのか,問題意識に近いと思った記事とツイート.ぼくたちは楽しさを培っていく日本社会を,まだ知らないのだ.
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これはスポーツ観戦でも美術館でも動物園でも博物館でも一緒。大人になったら、楽しさのほとんどは「リテラシー」で決まる。同じソフトを入力しても、そこからどれだけ多くの「物語」を読み取れるかで、その体験の価値は大きく変わる。その能力は「センス・オブ・ワンダー」と呼ばれる。
これはスポーツ観戦でも美術館でも動物園でも博物館でも一緒。大人になったら、楽しさのほとんどは「リテラシー」で決まる。同じソフトを入力しても、そこからどれだけ多くの「物語」を読み取れるかで、その体験の価値は大きく変わる。その能力は「センス・オブ・ワンダー」と呼ばれる。
— たられば (@tarareba722) 2017年1月4日
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海外では、学校でスポーツをやらず、地域のクラブに所属してプレーが継続できる(習慣がある)ため「期間限定」なんて発想は全く存在しない。ましてや中学、高校生、大学生が“引退”という言葉を平気で使うのは日本人にしかない感覚であろう
概念のヴィジュアライゼーション
そのうちグラフィックデザインの学校に通いたいと思っている.研究の内容を可視化する技術を身につけたいからだ.特に,概念や理論をいかにしてビジュアライゼーションするのか,という点に問題意識がある.
数量的なデータを扱うことはあまりないので,グラフを使ったデータビジュアライゼーションにそこまで入れ込む必要は今のところない.一方で,言語的なデータや,データと先行研究をもとに作成した,概念体系は分析や論文でも頻繁に使う.こうした質的な内容を要約し,可視化する技術を身につけたい.何度も公に使うようなグラフィックはプロのデザイナーに頼んでもいいと思っているけれど,デザインについて基礎的な理解がないとうまくプロに発注することもできないだろう.何より日常的にグラフィックを生産できると,ゼミや日々の議論の材料となっていいはずだ.
Ernst Haasという写真家の作品"The Creation"は,創世記の物語を写真で表現したものらしい.そういう図像表現による概念のrepresentationをある程度使いこなせるようになりたい.
リーディング再訪
もう英語で書かれたものしか面白そうなものがない――今さらだけどハッとした.学習研究しかり趣味研究しかり,論文で先行研究として直接的に言及するかどうかはともかく,研究者なら読んでいて当たり前の「現代の古典」的な本や論文で思い当たるものは,もう翻訳の出ていない英語文献しかないことに気づいた.これまでも先行研究は英語文献しかないので必要に駆られて読んではいたけれど,楽しみのために読みたい学術書も英語で読むしかないみたいだ.英語どころか,いくつかフランス語もある.
英語でのオーラルコミュニケーションがてんでだめな自分だが,少なくともリーディングに関しては,必要に駆られて読んでいるうちに多少は向上した気はしている.ただそれは背景知識が増えたからかもしれず,英字新聞でなじみのない政治の話題とかを読むと相変わらず苦労する.専門分野のものだって,日本語と比べれば読むスピードは圧倒的に遅い.補足的に英語を読んでいるのならこれでもいいのかもしれないけれど,もう英語でしか読むものがないなら,この調子だと困る.ほかに(日本語で/短くて)良さそうなのがなかったら読むか,ではなく,積極的に読まなくてはならない.
ただ英語論文を読んできただけで,人文学的な精密な講読をしたこともなく,リーディングについて集中的に訓練したことは全くないのだけど,やった方が良いのではないかという気がしてきた.大量に読んでも疲れない基礎体力がほしい.どうしたら良いのだろうか.単語を覚える?
Academic reading skills に関するオンラインのリソースを集めはじめる.
追記 2017.08.14
丸善の洋書コーナーを見ていたら,「自分にとって見たことはあるけど意味は即答できない単語」が絶妙なレベル感でセレクトしてあるボキャブラリー本に出会ったので買ってきた.1日1ページ,6単語を覚える.それに加えて自分が集めてきた論文PDFから単語の使用例を検索すると面白い.例えば,eminent[傑出した]という語は,認知心理学の熟達研究に用例がある.さもありなんという感じ.Voracious[貪欲な]なら,文化的雑食性の研究が出てくる.
- 作者: Murray Bromberg,Melvin Gordon
- 出版社/メーカー: Barrons Educational Series Inc
- 発売日: 2013/03
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松浦 (2008 [2003]) くちぶえサンドイッチ
たまにカリフォルニアかぶれになりたい気持ちになる,この感情,みなさんにも伝わると思うのですがどうでしょうか.ゆっくりと流れる時間,街中の散歩,コーヒーと読書,風と陽光に包まれて.そういうのに浸りたい気分.
読書でそれを満たしたいけど,センスの良い本じゃないとキザすぎて露悪的になるので選書が難しい.なので信頼できる読書人に聞くのが良いだろうと思って,見繕ってもらったのが本書.
一読して文体のうまさ軽やかさに敬服しました.村上春樹が「戦争とか革命とか飢えとか,そういう重い問題を扱わない(扱えない)となると,必然的により軽いマテリアルを使うことになりますし,そのためには軽量ではあっても俊敏で機動力のあるヴィークルがどうしても必要になります」と書いていたけど,それを満たすようなことばの乗り物=文体.「生活」や「日常」を書くのに,悲劇や喜劇の文体は大げさすぎるわけで.
「とりたてて何も用事はなにのに,早起きしてしまったからには,部屋でじっとしていられるはずはなく,散歩がてらテクテク出かけたファーマーズマーケット.新鮮な野菜やフルーツはもちろん,ちょっとした総菜などをチョコチョコ食いできるので,サンフランシスコでの朝の散歩の寄り道にはもってこいでありました.」
こういう生活の一コマをちゃんと切り出して書ける著者はすごい(解説で角田光代が,それは「作者が自分の『好き』を知り抜いているからだと思う」と書いている).で,またこういう本を読んできた友人は羨ましいなと思った.
日本語で読める芸術社会学ブックガイド
随時更新,日本語で読める芸術社会学ブックガイド.自分が見知っているもの中心.Routledge International Handbook of the Sociology of Art and Cultureの読書会を始めるのでその参考資料にもなれば.入ってない文献あればぜひ教えてください.「社会のブックガイド──ルーマンからはじめる書棚散策」の「社会の芸術」セクションも参照のこと(http://socio-logic.jp/events/201504_bookfair.php#sec13).
自律した領域としての芸術
- Becker (1984) Art Worlds
- 作者: ハワード・S・ベッカー,Howard S. Becker,後藤将之
- 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
- 発売日: 2016/04/23
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- Luhmann (1995) Die Kunst der Gesellschaft
- Sapiro (2014) La sociologie de la littérature
天才としての近代芸術家の誕生
- Elias (1993) Mozart: Portrait of a Genius
モーツァルト 〈新装版〉: ある天才の社会学 (叢書・ウニベルシタス)
- 作者: ノルベルトエリアス,Norbert Elias,青木隆嘉
- 出版社/メーカー: 法政大学出版局
- 発売日: 2014/02/18
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- Heinich (1995) La Gloire de Van Gogh
文化階層
- Bourdieu (1984) Distinction
ディスタンクシオン <1 data-mce-fragment="1"> -社会的判断力批判 ブルデューライブラリー
- 作者: ピエール・ブルデュー,石井洋二郎
- 出版社/メーカー: 藤原書店
- 発売日: 1990/04/30
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- Levine (1988) Highbrow/Lowbrow: The Emergence of Culturar Hierarchy in America
ハイブラウ/ロウブラウ―アメリカにおける文化ヒエラルキーの出現
- 作者: ローレンス・W.レヴィーン,Lawrence W. Levine,常山菜穂子
- 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
- 発売日: 2005/04
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- Bennet et al. (2009) Culture, Class, Distinction
- 作者: トニー・ベネット,マイク・サヴィジ,エリザベス・シルヴァ,アラン・ワード,モデスト・ガジョ=カル,デイヴィッド・ライト,磯直樹,香川めい,森田次朗,知念渉,相澤真一
- 出版社/メーカー: 青弓社
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文化生産の組織とネットワーク
Richard PetersonやDiana Crane,Paul DiMaggioの著作は訳されないのだろうか.
- Girswold (1994) Cultures and Societies in a Chainging World
- 佐藤(2011)本を生み出す力
- 佐藤 (1999) 現代演劇のフィールドワーク
- 池上 (2005) 美と礼節の絆
- Finnegan (1989) The Hidden Musicians: Music-making in an English Town
- 作者: ルースフィネガン,Ruth Finnegan,湯川新
- 出版社/メーカー: 法政大学出版局
- 発売日: 2011/10/31
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書評会 光岡寿郎『変貌するミュージアムコミュニケーション:来館者と展示空間をめぐるメディア論的想像力』を読む
8月5日(土)に東京大学本郷キャンパスにて,書評会:光岡寿郎『変貌するミュージアムコミュニケーション:来館者と展示空間をめぐるメディア論的想像力』を読む,を開催しました.20人ほどの参加者のみなさまにお越しいただきました.ありがとうございました.
評者として「社会・文化的状況に自覚的な「学習」の理解に向けて」というタイトルで,学習における社会・文化的アプローチとミュージアム研究の関係を光岡さんに尋ねさせてもらいました(レジュメは下記のポートフォリオサイトに公開してあります).社会・文化的アプローチはおそらくメディア論と関心を共有しているけれども,どこまで踏み込んでお互いを理解しあえるのか,そこまでの労力をかけられるのか,という点で学際研究の面白さと難しさがあることを再認識しました.学部で社会学をやり,今は学習科学をやっている人間としては両者にそこまで大きな違いを感じないのですが,実際の研究者コミュニティとしては距離があります.
書評会で印象的だったのは,内容の検討だけでなく「ミュージアムの実務家に本書をどう読んでもらうのか」「日本の学芸員とはいったいどのような人びとなのか」といった議論が多くなされたことです.ミュージアムエデュケーターやサイエンスコミュニケーターの方たちは本書をどう捉えるのか気になります.研究者コミュニティとアートワールドの関係はよく分からない不思議なものだな,というのは最近周囲を見ていて思うところです.
レジュメは下記サイトで公開しています
変貌するミュージアムコミュニケーション―来館者と展示空間をめぐるメディア論的想像力
- 作者: 光岡寿郎
- 出版社/メーカー: せりか書房
- 発売日: 2017/06/01
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