アマチュア通信

趣味と学校外学習を科学する

Ryu and Heo (2017) Relationships between leisure activity types and well-being in older adults.

Ryu, J. and Heo, J. (2017) Relationships between leisure activity types and well-being in older adults. Leisure Studies, DOI: 10.1080/02614367.2017.1370007

余暇活動への参加が高齢者のウェルビーイングにポジティブな効果をもたらすことはよく知られているが,余暇活動のタイプによってその効果に違いがあるのかを調べた論文.着実に研究分野の問いを進めている感があって良いなと思った.

ソウルにある3カ所の高齢者センターに所属する60歳から90歳,188人に質問紙を配布.ウェルビーイング(人生満足度,特性的楽観性,主観的健康感)と6つのカテゴリーに分けた余暇活動への参加を尋ね,年齢や性別を統制して階層的重回帰分析を行っている.

統計的に有意な関連は,以下の通りに見られた.図は論文をもとに独自に作成したもの.

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「アウトドア活動は主観的健康感に効果があるが,特性的楽観主義には効果がない.一方,文化活動とエンターテイメントは主観的健康感に効果はないが特性的楽観主義に効果がある.」といった関係性が見られて面白い.

注意しなければならないのは以下の点だろう.

・「主観的な」ウェルビーイングが従属変数であること.実際に健康かどうかよりも,「定期的に体を動かしているから健康な気分でいられる」ということを測っているともいえる.身体活動が主観的健康感に効果を与えていないのは不思議.

・余暇活動のカテゴリー分けがこれでいいのか.論文の議論でも触れられているが,アウトドア活動と身体活動を分けるのはなぜかなど,疑問な点も多い.このカテゴリーはLeisure Participation Scale (Ragheb 1980, Chun et al. 2012) というものなので,元の論文を掘って検討する必要がある.

個人的に気になるのは「ホビーとインドア活動(絵画,楽器演奏,読書など)」が何の効果もないという結果が出た点だ.これらの活動が主観的健康感に効果がないのはそうだろうなという気がするが,人生満足度にも効果がないという点は意外である.芸術の生涯学習分野では,絵を描いたり楽器演奏することがウェルビーイングに効果があるというのは共通理解になっていると思う(少なくとも音楽分野ではそうなっている).それに対抗する結果が出たわけだから,ここには問いを深めていく余地がある.

村上春樹 (1998) 使いみちのない風景

学会帰りの道すがら、松江にartos(http://www1.megaegg.ne.jp/~artos/about.html)という本屋がありそこで手にとった本。良いセレクトショップだなという店内の雰囲気と旅情があいまって自然とこの本になった。僕たちの記憶の中に断片的に残されている旅の風景。それを使って何かをするということはできないけど、でもそんな風景の集まりが、何か自分という存在を引き出してくれるような気もする。「あーあるよね、そういう風景」、と言われてみれば思い当たるふしもあるが、それを「使いみちのない風景」と一言で名指してみせるのは、やはり文学者のえらいところだなと思う.

 

使いみちのない風景 (中公文庫)

使いみちのない風景 (中公文庫)

 

 

学習環境:制度化のグラデーションとして

学習科学におけるフォーマル/ノンフォーマル/インフォーマル、in-school learning / out-of-school learning のような区別(*1)を、学習環境がいかに制度化されているのかという問いへの回答として、その回答のグラデーションとして捉え直したいと思っている。

こうした区別は今のところ実践的な問いを立てるために用いられている。学校内と学校外の学びをいかにつなげるのか、という問題は2016年9月の『認知科学』23巻3号で特集されているし、Brigid Barron と Philip Bellによる2015年の out-of-school learning に関するレビュー(*2)でも提示されている。あるいは、インフォーマルな学びをいかに認証・評価するのかという問いは、職業訓練としての成人教育の文脈でOECDも調査を行なっている(*3)。

フォーマル/インフォーマル、学校内/外という区別は明快だけれど、単純すぎて不便なきらいがある。趣味の研究は、ディシプリンの中では基本的にインフォーマル学習・学校外学習を対象にしているという位置どりをすることになるが、趣味の場でフォーマルな学習環境がないかと言われればそうでもない。訓練がカリキュラム化されているピアノ教室のような学習環境は、公教育ほどではないにせよフォーマル性が高い。学生オーケストラのような団体も、新入生への教授過程をある程度制度化しているところがある。趣味の学習環境にも、グラデーションのようにフォーマル性からインフォーマル性が存在しているのである。

こうした学習環境の特性をより粒度高く捉えるためにも、「学習環境がいかに制度化されているのか」という理論的な問いのもとに諸研究を位置づけなおすのが有効だと思う。そこでは、定型的な教授過程をもつことは学習環境にとってどのような意味をもつのか、教師がいること/いないことによって実践の様相はどのように変わるのか、といった、ある意味で教育の根源を問うような課題が引き出されていくだろう。Jean Lave に限定せずに人類学を掘っていくとよいかもしれない。

PBLのような学習を取り入れたり支援する学校も増えているけれど、学校のなかにはそれをフォーマル教育に組みこもうという気はなく、部活動やそのほかの趣味と同じカテゴリの活動に位置づけているところもある。学生がやりたいことをやるのだから余計な口出しはしませんというスタイルだ。アカデミックコモンズを設置する大学でもそういうところはあるだろう。新しい学習指導要領も「社会に開かれた教育課程」をキーワードにしている。こうした動向を受けつつ,学習環境がどれだけ制度化されているのかはかなりケースバイケースで捉えがたくなっているので、なおさら理論的な道具立てを鍛えたほうがよいのではないかな。

 

*1 例えば,教育工学選書Ⅱの第2巻『インフォーマル学習』にはフォーマル/ノンフォーマル/インフォーマルの区別が概観されている.

インフォーマル学習 (教育工学選書2)

インフォーマル学習 (教育工学選書2)

 

 

 *2 Barron and Bell (2015) Learning environments in and out of school. は,Handbook of Educational Psychology の第3版に収録されている.

Handbook of Educational Psychology (Educational Psychology Handbook)

Handbook of Educational Psychology (Educational Psychology Handbook)

 

 

*3 『学習成果の評価と認証』にまとまっている.

 

 

日本教育工学会全国大会で研究発表をしてきます

日本教育工学会(JSET)の全国大会が9月16日~18日に島根大学で開かれます.大会では以下のポスター発表をしてきます.

P1p-35 杉山昂平・森玲奈・山内祐平「趣味を実践する学習環境における個人的興味と共同体の関係性――アマチュア・オーケストラを事例にして」(一般研究3 ポスター(P1p) 9月16日(土) 14:00〜15:20 会場:大学会館)

https://www.gakkai-web.net/gakkai/jset/taikai33/program/program.html#P1p

修論のデータを博論に向けて「趣味における個人的興味と共同体の関係」という理論的文脈に位置づけ,再解釈する内容です.

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Out-of-School Learning 研究は間違いなく面白いので,日本でも研究が盛んになるよう頑張っていきたいです.大会では研究発表だけでなく論文投稿セミナーも開かれるので,しっかり勉強してこようと思います.お目にかかったらみなさまよろしくお願いします.

クラシックな研究をしたい

 研究室夏合宿への参加、今年は助教の方々に研究デザインを聞くセッションがあって大変勉強になった。斬新なアイデアで教育システムを開発して新しい学びの世界をつくろうとする人がいれば、フィールドに飛び込んで現場の面白さを伝えようとする人がいて、めざす研究像は多様である。

 話を聞いていて、自分の目標として「クラシックな研究をする」という言葉が浮かんできた。それはつまり、学説史的に古典的で王道の概念や問題を、全く新しい対象において考えなおすことで学説史の発展をめざす、というスタイル。もともと松岡正剛の千夜千冊が好きだったこともあって、文献どうしが関連づけられた大きな流れを見いだすことが好きだ。研究をするときに「先行研究に自分の研究を位置づけなきゃいけない」みたいな気負いはなくて、むしろ先行研究に位置づけることが一番おもろいやん、と感じる。

 以前はこういう嗜好はあんまり他の人には伝わらないかなと思っていたれど、合宿から帰ってきて家の人と話していて思うには、彼女には普段の会話のなかで伝わっていたようだ。案外、分かってくれる人はいるのかもしれない。

エンゲストローム(1987)拡張による学習――活動理論からのアプローチ

読むまでは本の性格がよく分かっていなかったが,読んでみてあくまで介入のためのマニフェストなんだなと納得した.活動システムの図が有名な割に,学説史的にどういう意義があるのかほぼ分からない本である.ただ翻訳においては原著から――「全体を読み通すのに容易であるようにと考えて」――割愛された部分があるので,そこに記述があるのかもしれない.あるいは,レオンチェフを読んだほうがいいのかもしれない.

「拡張的な発達研究」においても「活動システムの分析」のステップは存在しているが,その分析をどれだけ豊かにできるのかという方向性での研究は進んでいるのだろうか.本書では「対象と道具に注目しよう」程度のことしか言っていない.一方で,「活動システムの分析」自体は,エスノメソドロジーSTSといった分野がそれを究極的な目的にして研究しているぐらいなのだから,そう簡単に分析をやり遂げられるようなものでもないと思う.

「文化歴史的活動理論(Cultural Historical Activity Theory: CHAT)の文脈に位置づけられた研究において活動システムの分析がいかにやり遂げられているのか」という問いは先行研究を読むときに意識しておきたい.介入先行で分析が手薄な研究というのは学術的新規性が全くわからないものになりがちだから.

 

拡張による学習―活動理論からのアプローチ

拡張による学習―活動理論からのアプローチ

 

 

日本社会と「楽しさ」

なぜ自分が大人の趣味を研究しているのか,問題意識に近いと思った記事とツイート.ぼくたちは楽しさを培っていく日本社会を,まだ知らないのだ.
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これはスポーツ観戦でも美術館でも動物園でも博物館でも一緒。大人になったら、楽しさのほとんどは「リテラシー」で決まる。同じソフトを入力しても、そこからどれだけ多くの「物語」を読み取れるかで、その体験の価値は大きく変わる。その能力は「センス・オブ・ワンダー」と呼ばれる。

 
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海外では、学校でスポーツをやらず、地域のクラブに所属してプレーが継続できる(習慣がある)ため「期間限定」なんて発想は全く存在しない。ましてや中学、高校生、大学生が“引退”という言葉を平気で使うのは日本人にしかない感覚であろう

victorysportsnews.com