アマチュア通信

人々の趣味や遊びとそれを捉える視点

過去を振り返ることでしか学習は認識できない

1)過去を振り返ることでしか学習は認識できない

日常生活や科学実践において「学習」という現象は次のような特徴をもっている.

任意の2時点における特定の個人の変化を定式化したもの

※これは必要条件であって必要十分条件ではない.例えば「5分前と比べて友達が怒っている」こともこの条件に当てはまるが,常識的にこれは「感情の変化」であって「学習」とは言わない.

この特徴から得られる重要な性質は,

学習が生起したかどうかは過去を振り返ることでしか分からない

ということだ.時点T2に至ってから,T1と比較したときにはじめて個人の変化が認識でき,それを「学習」であると捉えられる.

 

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具体的には次のような研究方法を考えれば,みな過去を振り返ることで学習を認識していることが分かるだろう.

  • 授業開始前と授業終了後のプレテストとポストテストを比較することで学習を認識する
  • 熟達者と初心者を「同一の学習曲線上にある」と仮定したときに,両者を比較することで学習を認識する
  • 回顧的インタビューで語られ意味づけられた状態や出来事を比較することで,学習を認識する
2)いま学習が生起しているかどうかをいかに認識するか

だが,過去を振り返ることでしか学習を認識できないという性質は,

ある瞬間に学習が進行しているのかを認識することは困難である

という帰結をもたらす.そうであるならば,現在進行形の学習に介入することを目指す教育者やファシリテーター,自己調整学習者は,いかにして学習を認識したら良いのだろうか.

 

考えられる方法は2つある.

 2-1)2時点の間隔をなるべく小さくする

過去を振り返ることでしか学習を認識できないといっても,「ごく最近の過去」に着目すると,実践を行いつつ学習を認識できる.

  • 形成的評価:授業終了後に過去を振り返るのではなく,授業の進行中に過去を振り返ることで,学習が生起しているのかを認識する.もし狙い通りに学習が起きていないと分かったら,その場で授業のやり方を調整することができる.
  • マイクロジェネティック・アプローチ:理論的に考えると「2時点の間隔を限りなく0に近づける」という「微分」を行えば,ある瞬間に学習が進行しているのか認識できる.これを目指すのが「マイクロジェネティック・アプローチ」で,参与観察によって学習が起きる瞬間を記述しようとする.また,「ラーニング・アナリティクス」によるログデータの分析も,それを可能にするかもしれない.

 2-2)学習が生起しそうな状況に賭ける
最終的に学習が起きたかどうかは過去を振り返らないと認識できないが,それでも学習が起こりそうな確率は上げられる.過去を振り返るのではなく,未来を予測する方法である.

  • ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」:ある個人がひとりで達成できなくても他者の助けを借りてなら達成できる課題があるとき,個人にはその課題ができるようになる発達の潜在性があると捉える.最終的にその発達が起きたかどうかは過去を振り替えらないと認識できないが,しかし現時点で「他者の助けを借りてなら達成できる課題がある」状況があるならば,それは学習の生起を強く予測する.

学習環境デザインは「本当に学習が起きるんですか?」という問いに対して,「~~という条件をしつらえるから起きるはずです」と説得することを宿命づけられている.絶対に起きるとは言えない.起きたかどうかは過去を振り返ることでしか分からないからだ.だが,それでも未来に賭けるわけである.

 

(2018.2.7 追記)

この記事の内容,有元典文先生の「学習という観察」(2013年)をなぞっていることに気づいた.

学習というのは個人の具体的な変化でありながら,同時に観察という実践によって作られる社会的な事象でもある.なぜなら行動の変化は,過去の行動と比較した「行動の変容の認識」によってしか明らかにならないからである.

doi.org