研究者もハッカーになろう
1)ハッカーの開発は互酬性で成り立つ
Eric Raymond は,なぜハッカーたちがオープンソース・ソフトウェアが開発できるのかを,人類学の互酬性の概念を使って説明したことで有名.開発者は金銭ではなく名誉で報酬を得ているという彼の議論は,アマチュアによる協調的な制作活動の動機づけに関するものとして読むことができる.
2)学術共同体も互酬性で成り立つ
さらに言えば,学術共同体における報酬の構造もオープンソース・コミュニティと同じだ.文化社会学者 Diana Crane の古典的な論文「芸術・科学・宗教における報酬システム」(Crane 1976)は,科学領域では「消費者」が存在せず「イノベーター」(=制作者)どうしが象徴的・物質的な報酬を与えるという.良い論文を書いても直接対価にはならないが,研究者どうしで尊敬しあう.
Crane, D. (1976) Reward Systems in Art, Science, and Religion. American Behavioral Scientist, 19(6): 719-734.
http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/000276427601900604
3)研究者もハッカーになろう
How To Become A Hacker: Japanese
ということは,良いオープンソース・ソフトウェアを生み出すハッカーの方法論は,良い論文を生み出すための方法論としても読めるだろう.Raymond は「ハッカーになろう」(How to Become a Hacker)という文章も書いている.そこで挙げられている「ハッカー的心構え」は,研究者がなぜ・どのように新規な問題に取り組むのかについて述べていると読めるし,「基本的なハッキング技術」は方法論の学び方と英語の重要性について述べている.そして,「ハッカー文化での地位」は,研究者がいかにしてコミュニティとして知識を共有していくべきなのかについて示唆に富んでいる.
オープンソース・ソフトウェアを書くことはをすなわち論文を書くことだし,それのテストやデバッグを手伝うことは,研究会やゼミ,データ・セッションでの議論の重要性を指している.有益な情報を公開することは,論文には載らない研究の知識をブログなどで公開することだし,研究会などを維持するためには陽の当たらない作業も必要.そうやって文化そのものを醸成することで,コミュニティから良い論文が生まれていくだろう.
ちょうど研究室運営について考えることがあったので,そのためにハッカー文化は良い指針になると思った.例えば,インフラを整備することの重要性は,もっと評価しなきゃいけない.ネットワーク環境をととのえたり,懇親会を企画したり,研究室のアーカイブを構築したり,ポートフォリオを可視化したりすること――インフラは劇的な効用は見えないけれども,それがないと文化は徐々にやせ細る.