感想:『ハーバードビジネスレビュー 12月号 特集:好奇心』
「興味」を研究する身として手に取らざるを得ない特集ですが,面白いです.社員が「好奇心」を発揮できると,新規事業に挑戦したり,多様な経験をしたりしてリーダーとしての能力を育くんでいく.その一方で,上司からしてみれば,好奇心のおもむくまま部下に仕事をさせるのは予測がつかなくて不安の種になる.じゃあどうしよう?ということが記事になっています.
僕は「興味」や「好奇心」がのびのび発揮されてる場について知りたくて「趣味」を研究していますが,もちろん「仕事」だって面白く追求することができるし,それが組織にも良い成果をもたらしうる.けれど「仕事」の場合は,生計を立てるという制約条件も考えなければいけない.興味や好奇心を追求することと,生計を立てること.この2つの条件を満たせるとプロフェッショナル=創造的熟達者になれると思いますが,どうやったら2つの条件をクリアーできるかは,趣味研究の先に今後考えていきたいところです.仕事/余暇みたいな区別は不毛になりつつあるので.
みんなは自分が仕事でもった「興味」や「好奇心」をどう扱ってますか.
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年12月号 [雑誌]
- 作者: ダイヤモンド社
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GitHub買収に海外新聞はどんな見出しをつけたか
MicrosoftによるGitHub買収に関して日本経済新聞が「設計図共有サイト」という表現を使ったことに噛みつく人がたくさん出た.その後は「開発者向け共有サイト」という表現も使われている.
海外の新聞ではどんな見出しがつけられたのだろうか.
イギリス高級紙の場合
イギリスの新聞の場合を調べてみた.新聞リストはここを参考にした.
新聞名 | 見出し |
---|---|
The Guardian | Microsoft is buying code-sharing site GitHub for $7.5bn |
The Independent | GitHub: Microsoft to buy software development platform for $7.5bn |
The Finalcial Times | Microsoft to buy code sharing site GitHub for $7.5bn |
The Telegraph | Microsoft buys coding database GitHub for $7.5bn |
※ 太字は筆者による.The Timesの記事の検索の仕方がわからない.大衆紙も検索したけれど記事がなかった.
だいたいの新聞が「コード」を使っていた.The Independentは「ソフトウェア開発プラットフォーム」と呼んでいた.誰か他の国のも調べてください.
文化活動の行く末は何か?
昨日,イギリスの文化政策を研究している後輩と食事をして,彼がやっている文化政策研究と僕がやっている学校外学習研究の視点の違いを整理してもらった.要約すると以下のようになる.
文化政策研究 | 学校外学習研究 | |
---|---|---|
目標 | 文化活動の行く末の提示 | 文化活動の行く末の提示 |
視点 | トップダウン | ボトムアップ |
方法 | 文化行政における理念の分析 | 文化活動における興味の分析 |
どちらの研究も,文化活動が社会環境の介在を受けながらどのように発展していくのかに関心がある.ただ,その関心を満たす視点と方法が違う.
トップダウンな理念
文化政策の場合,「文化活動の行く末」はあらかじめトップダウンに提示されている.日本の文化芸術基本法の前文では,「文化芸術とはこういうものだ」という理念があらかじめ規定されている.
文化芸術を創造し,享受し,文化的な環境の中で生きる喜びを見出すことは,人々の変わらない願いである。また,文化芸術は,人々の創造性をはぐくみ,その表現力を高めるとともに,人々の心のつながりや相互に理解し尊重し合う土壌を提供し,多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成するものであり,世界の平和に寄与するものである 文化芸術基本法
それゆえ,文化政策研究者の仕事は以下のようになる.
- ある文化政策において,なぜそのような理念が提示されるのか,その経緯を分析する
- その理念を達成するために,どんな政策・事業が必要なのかを分析する
ボトムアップな興味
学校外学習の場合,「文化活動の行く末」は実践者=学習者がボトムアップにつくりあげてく.それゆえ,文化芸術がどのようなものであるのかはあらかじめ規定されず,個々人の興味関心に左右される.
Is Interest-Driven Learning Right for Me?
それゆえ,学校外学習研究者の仕事は以下のようになる.
- ある文化活動の実践者は,活動においてどのような興味を持っているのかを分析する
- その興味が発展し,深まるために,どんな社会環境が必要なのかを分析する
抽象化するとやっていることは似ている(どちらも実践的・工学的な関心をもっている)が,出発点に「理念」を置くのか「興味」を置くのかで違いがある.どっちを分析したいのかは好みによるだろうし,上から攻めても下から攻めても,最終的に同じ地点で出会えるはずと思う.
Edu-Lab Meeting で発表をしました
2月27日に開催されたEdu-Lab Meeting「趣味」と学びを考える,で発表する機会をいただきました.博士論文に向けた「趣味を深める共同体とネットワーク:オーケストラと写真の比較調査から」というお話をさせてもらい,多くのご意見をいただきました.ありがとうございました.
会では共に登壇した北田先生のお話を含め,大きく2つの論点をいただきました.
- 事例設定の際に,団体活動や個人活動によって趣味縁の構築され方がどのように異なるのかを記述する.「デザイン」へ示唆を与えることを目指すなら,その構築されていく生態系のなかで,どの部分が設計可能なのかを意識する
- ある活動を趣味として自認できる人は,それ自体で特殊な存在であることを意識する.どのようにして趣味を趣味として自認するようになるのか,というプロセス自体が興味深い研究対象になりうる
共同体やネットワークを包含するものとしての学習環境への生態学的視座は,かなり関心をもって聞いていただけたと感じています.特にCorin et al. (2017) の,曼荼羅のような生態系図の重要性を改めて実感しました.
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/21548455.2015.1118664
個人的に悩みどころなのは,こうしたテーマの研究を可能にする学術分野・概念枠組みがあるんだ,という点をどれだけお話するかです.学習科学という分野があり・個人的興味という概念があることは,自分では大変面白いことだと思っています.ただ,分野になじみのない人にとっては,「趣味の学習と趣味縁の生態系」という――広い意味での教育学的な――観点を提示するだけで十分かもしれない.科学社会学的な「萌え」の部分についてお話するのは,別の機会にした方がいいかもしれません.
大学教員は「レッスンプロ」だと思う
1)大学教員は余暇に研究をする
「あなたにとって研究とは何ですか?」と尋ねられたら、「趣味です」と答える。好きでやっていることだけど、それで経済効果が生まれるような研究テーマではないし、それで良いと思っている。
将来のキャリアの選択肢にはもちろん大学教員が入っている。この大学教員という職業は、実際のところ「研究」が仕事なのではない。大学生・大学院生に「教育」することで給金を得ている。
大学教員も教育と雑用で食いながら余暇に学問をやっている。
— PsycheRadio(水漏れ小康) (@marxindo) 2018年2月22日
大学教員にとっても、研究は「趣味」なのだ。だから、会社員と何も変わらない。仕事をしつつ余暇に研究するという生き方をしている。
2)近代の学問は仕事をしながらやるもの
そもそも、古代ギリシャ時代から、学問は余暇にやるものと相場が決まっている。ただ、近代以前は奴隷領主や王侯貴族、聖職者のように「余暇に専念する人」がいた。彼らが学問をやっていた。
けれど、近代になってそういう身分制が崩れると、余暇に専念する人はいなくなった。みんな仕事をするし、余暇もする。研究をする人も、一労働者になった。今はそういう世の中なのである。
3)大学教員は「レッスンプロ」だ
その中で大学教員の特徴は、仕事と趣味がかなり近い点にある。研究によって得られた知識やスキルを学生に教えるというのは、要するに趣味の一部が仕事になっているということだ。
こういう働き方はそれほど珍しいものではない。スポーツやアートの世界の「レッスンプロ」の生き方は、まさに大学教員と同じだ。
例えばゴルフのレッスンプロは、トーナメントに出場するプロゴルファーでもある。しかし、なかなかトーナメントで入賞することは難しく、賞金で生計を立てるのは困難である。そこで彼らは、アマチュアゴルファーのレッスンをつけることで、報酬を得ている。教育を仕事にして、ゴルフをやっているのだ。
2017年8月20日放送「プロなのに...全然賞金が稼げない0円パパ」
レッスンプロの良いところは、先生を務めるゴルフ場の設備を利用し、自分のゴルフの練習もできる点にある。ゴルフと全く関係ない仕事よりも、「趣味」としてのゴルフを続けやすい職場なのである。
大学も、研究室があり、同じように研究をしている同僚がたくさんいる点で、研究という趣味をするには良い職場である。なので、趣味として研究をするために大学教員になるのは、「アリ」な選択肢だろう。でもそれは、アマチュアオーケストラを続けるために土日の融通がきく公務員になることと変わりはない。
逆に、修士号や博士号をもって会社で働いている人もたくさんいる。その人たちが「研究を続けたい」と思ったとき、どんな生き方ができるか。「趣味として研究をする」という点では、大学教員も会社員も変わらないのだから、同じ土俵に立って議論していきたいと思う。
領域固有の認知を知るための文献リスト
認知心理学,特に熟達研究では,認知の領域固有性(domain specificity)は鍵概念である.チェスの熟達者は,チェスに関して体制化された知識を特定の条件――例えば駒の配置――に応じて活用することができる.だが,その知識はあくまでチェスという領域において優れているのであって,チェスの熟達者が物理学の熟達者であるとはもちろん限らない.世の中には領域一般的な知識やスキルも存在しているが,領域固有の知識を身につけない限り,専門家になることは難しい.
何より領域固有性を身につけることこそが,その領域の面白さを味わえることである.これは,R. A. Stebbins の「シリアス・レジャーには専門的な知識とスキルがともなう」という主張や,「興味は領域・対象固有な動機づけである」という心理学の主張から裏付けられる.領域固有性に自分自身とても関心をもっている所以である.チェスを楽しむには,チェスに固有な知識やスキルが求められるし,チェスに対していだいた興味は,物理学にいだく興味をは質的に全く異なるはずだ.ある人の興味や趣味の面白さについて知るには,そこにどんな領域固有性が存在しているのかを理解する必要がある.
領域固有の認知を知るための文献リスト
入門編として日本語で読める文献リストをつくりたい.なるべくなら書籍で.
子どもの概念発達と変化―素朴生物学をめぐって (認知科学の探究)
- 作者: 稲垣佳世子,波多野誼余夫
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- 作者: 安達 真由美,小川 容子,R.パーンカット,G.E.マクファーソン
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学習科学ハンドブック 第二版 第3巻: 領域専門知識を学ぶ/学習科学研究を教室に持ち込む
- 作者: R.K.ソーヤー,R.Keith Sawyer,秋田喜代美,森敏昭,大島純,白水始,望月俊男,益川弘如
- 出版社/メーカー: 北大路書房
- 発売日: 2017/09/28
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#遊びの哲学 に参加して――遊びのなかの自由と自律
木村洋平さんが主宰する哲学カフェが「遊び」をテーマにしていたので参加した.
木村さんによる「遊び」概念の博物誌をうかがって面白かったのが,遊びには
- 自由――日常のルールからの脱出
- 自律――別世界のルールの構築
の両面があるということだ.「自由」の側面は勉強や仕事といった日頃のしがらみから離れられるということで,レクリエーションやリトリートのイメージに近い.そういう意味で「趣味」を捉えている人もいるかもしれない.
その一方で,「遊び」はただ解放されることだけでなく,芸術やゲームのような「自律」性をもった別世界に参入していくことも意味する.その意味では,遊びは「専門的」な活動であり,ぼくが「趣味」としてイメージするのはこちらである.レクリエーションといった言葉がある以上,あえて「趣味」と言うことの意味は「自律」を強調する点にあると考えている.
今回の哲学カフェでは言及されなかったけれど,中井正一の「脱出と回帰」は,まさに遊びがもつ「自由」と「自律」の両面について言及している.そのうえで,生活からの遊離(自由)としての娯楽だけでなく,その芸を追求していった先にある宇宙の秩序(自律)をめぐる苦闘に光を当てている.
対話では,合理性や功利性などの近代的な価値観からの脱出――「自由」――としての「遊び」の価値にスポットが当たった.その一方で,「趣味」を研究するうえでは,「自律」がもつ価値についてもっと考えていきたいという感想をもった.人生100年時代や人工知能の発展といった文脈で「遊び」や「趣味」が取りざたされるときには,コモディティになるのではなくその人独自の意味や価値を生み出していく営みとして,「自由」よりも「自律」が問題になっていると思うからだ.
考える材料をいただけて大変面白い回でした.ありがとうございました.