How to Become an Amateur

大人の趣味とそれを支える環境について

概念のヴィジュアライゼーション

 そのうちグラフィックデザインの学校に通いたいと思っている.研究の内容を可視化する技術を身につけたいからだ.特に,概念や理論をいかにしてビジュアライゼーションするのか,という点に問題意識がある.

 数量的なデータを扱うことはあまりないので,グラフを使ったデータビジュアライゼーションにそこまで入れ込む必要は今のところない.一方で,言語的なデータや,データと先行研究をもとに作成した,概念体系は分析や論文でも頻繁に使う.こうした質的な内容を要約し,可視化する技術を身につけたい.何度も公に使うようなグラフィックはプロのデザイナーに頼んでもいいと思っているけれど,デザインについて基礎的な理解がないとうまくプロに発注することもできないだろう.何より日常的にグラフィックを生産できると,ゼミや日々の議論の材料となっていいはずだ.

 Ernst Haasという写真家の作品"The Creation"は,創世記の物語を写真で表現したものらしい.そういう図像表現による概念のrepresentationをある程度使いこなせるようになりたい.

The Creation

The Creation

 
ザ・クリエイション 天地創造―エルンスト・ハース写真集

ザ・クリエイション 天地創造―エルンスト・ハース写真集

 

 

リーディング再訪

 もう英語で書かれたものしか面白そうなものがない――今さらだけどハッとした.学習研究しかり趣味研究しかり,論文で先行研究として直接的に言及するかどうかはともかく,研究者なら読んでいて当たり前の「現代の古典」的な本や論文で思い当たるものは,もう翻訳の出ていない英語文献しかないことに気づいた.これまでも先行研究は英語文献しかないので必要に駆られて読んではいたけれど,楽しみのために読みたい学術書も英語で読むしかないみたいだ.英語どころか,いくつかフランス語もある.

 英語でのオーラルコミュニケーションがてんでだめな自分だが,少なくともリーディングに関しては,必要に駆られて読んでいるうちに多少は向上した気はしている.ただそれは背景知識が増えたからかもしれず,英字新聞でなじみのない政治の話題とかを読むと相変わらず苦労する.専門分野のものだって,日本語と比べれば読むスピードは圧倒的に遅い.補足的に英語を読んでいるのならこれでもいいのかもしれないけれど,もう英語でしか読むものがないなら,この調子だと困る.ほかに(日本語で/短くて)良さそうなのがなかったら読むか,ではなく,積極的に読まなくてはならない.

 ただ英語論文を読んできただけで,人文学的な精密な講読をしたこともなく,リーディングについて集中的に訓練したことは全くないのだけど,やった方が良いのではないかという気がしてきた.大量に読んでも疲れない基礎体力がほしい.どうしたら良いのだろうか.単語を覚える?

 Academic reading skills に関するオンラインのリソースを集めはじめる.

 

追記 2017.08.14

 丸善の洋書コーナーを見ていたら,「自分にとって見たことはあるけど意味は即答できない単語」が絶妙なレベル感でセレクトしてあるボキャブラリー本に出会ったので買ってきた.1日1ページ,6単語を覚える.それに加えて自分が集めてきた論文PDFから単語の使用例を検索すると面白い.例えば,eminent[傑出した]という語は,認知心理学の熟達研究に用例がある.さもありなんという感じ.Voracious[貪欲な]なら,文化的雑食性の研究が出てくる.

1100 Words You Need to Know

1100 Words You Need to Know

 

 

松浦 (2008 [2003]) くちぶえサンドイッチ

 たまにカリフォルニアかぶれになりたい気持ちになる,この感情,みなさんにも伝わると思うのですがどうでしょうか.ゆっくりと流れる時間,街中の散歩,コーヒーと読書,風と陽光に包まれて.そういうのに浸りたい気分.
 読書でそれを満たしたいけど,センスの良い本じゃないとキザすぎて露悪的になるので選書が難しい.なので信頼できる読書人に聞くのが良いだろうと思って,見繕ってもらったのが本書.
 一読して文体のうまさ軽やかさに敬服しました.村上春樹が「戦争とか革命とか飢えとか,そういう重い問題を扱わない(扱えない)となると,必然的により軽いマテリアルを使うことになりますし,そのためには軽量ではあっても俊敏で機動力のあるヴィークルがどうしても必要になります」と書いていたけど,それを満たすようなことばの乗り物=文体.「生活」や「日常」を書くのに,悲劇や喜劇の文体は大げさすぎるわけで.

「とりたてて何も用事はなにのに,早起きしてしまったからには,部屋でじっとしていられるはずはなく,散歩がてらテクテク出かけたファーマーズマーケット.新鮮な野菜やフルーツはもちろん,ちょっとした総菜などをチョコチョコ食いできるので,サンフランシスコでの朝の散歩の寄り道にはもってこいでありました.」

  こういう生活の一コマをちゃんと切り出して書ける著者はすごい(解説で角田光代が,それは「作者が自分の『好き』を知り抜いているからだと思う」と書いている).で,またこういう本を読んできた友人は羨ましいなと思った.

くちぶえサンドイッチ 松浦弥太郎随筆集 (集英社文庫)

くちぶえサンドイッチ 松浦弥太郎随筆集 (集英社文庫)

 

 

日本語で読める芸術社会学ブックガイド

随時更新,日本語で読める芸術社会学ブックガイド.自分が見知っているもの中心.Routledge International Handbook of the Sociology of Art and Cultureの読書会を始めるのでその参考資料にもなれば.入ってない文献あればぜひ教えてください.「社会のブックガイド──ルーマンからはじめる書棚散策」の「社会の芸術」セクションも参照のこと(http://socio-logic.jp/events/201504_bookfair.php#sec13).

自律した領域としての芸術

  • Becker (1984) Art Worlds
アート・ワールド

アート・ワールド

 
  • Luhmann (1995)  Die Kunst der Gesellschaft
社会の芸術 (叢書・ウニベルシタス)
 
  • Sapiro (2014) La sociologie de la littérature
文学社会学とはなにか

文学社会学とはなにか

 

 天才としての近代芸術家の誕生

  • Elias (1993) Mozart: Portrait of a Genius
モーツァルト 〈新装版〉: ある天才の社会学 (叢書・ウニベルシタス)

モーツァルト 〈新装版〉: ある天才の社会学 (叢書・ウニベルシタス)

 
  • Heinich (1995) La Gloire de Van Gogh
ゴッホはなぜゴッホになったか―芸術の社会学的考察

ゴッホはなぜゴッホになったか―芸術の社会学的考察

 

 文化階層

  • Bourdieu (1984) Distinction
  • Levine (1988) Highbrow/Lowbrow: The Emergence of Culturar Hierarchy in America
ハイブラウ/ロウブラウ―アメリカにおける文化ヒエラルキーの出現

ハイブラウ/ロウブラウ―アメリカにおける文化ヒエラルキーの出現

 
  • Bennet et al. (2009) Culture, Class, Distinction
文化・階級・卓越化

文化・階級・卓越化

 

 

文化生産の組織とネットワーク

Richard PetersonやDiana Crane,Paul DiMaggioの著作は訳されないのだろうか.

  • Girswold (1994) Cultures and Societies in a Chainging World
文化のダイヤモンド―文化社会学入門

文化のダイヤモンド―文化社会学入門

 
  • 佐藤(2011)本を生み出す力
本を生みだす力

本を生みだす力

 
  •  佐藤 (1999) 現代演劇のフィールドワーク
現代演劇のフィールドワーク―芸術生産の文化社会学

現代演劇のフィールドワーク―芸術生産の文化社会学

 
  • 池上 (2005) 美と礼節の絆
美と礼節の絆 日本における交際文化の政治的起源

美と礼節の絆 日本における交際文化の政治的起源

 
  • Finnegan (1989) The Hidden Musicians: Music-making in an English Town
隠れた音楽家たち: イングランドの町の音楽作り

隠れた音楽家たち: イングランドの町の音楽作り

 

 

書評会 光岡寿郎『変貌するミュージアムコミュニケーション:来館者と展示空間をめぐるメディア論的想像力』を読む

 8月5日(土)に東京大学本郷キャンパスにて,書評会:光岡寿郎『変貌するミュージアムコミュニケーション:来館者と展示空間をめぐるメディア論的想像力』を読む,を開催しました.20人ほどの参加者のみなさまにお越しいただきました.ありがとうございました.

 評者として「社会・文化的状況に自覚的な「学習」の理解に向けて」というタイトルで,学習における社会・文化的アプローチとミュージアム研究の関係を光岡さんに尋ねさせてもらいました(レジュメは下記のポートフォリオサイトに公開してあります).社会・文化的アプローチはおそらくメディア論と関心を共有しているけれども,どこまで踏み込んでお互いを理解しあえるのか,そこまでの労力をかけられるのか,という点で学際研究の面白さと難しさがあることを再認識しました.学部で社会学をやり,今は学習科学をやっている人間としては両者にそこまで大きな違いを感じないのですが,実際の研究者コミュニティとしては距離があります.

 書評会で印象的だったのは,内容の検討だけでなく「ミュージアムの実務家に本書をどう読んでもらうのか」「日本の学芸員とはいったいどのような人びとなのか」といった議論が多くなされたことです.ミュージアムエデュケーターやサイエンスコミュニケーターの方たちは本書をどう捉えるのか気になります.研究者コミュニティとアートワールドの関係はよく分からない不思議なものだな,というのは最近周囲を見ていて思うところです.

 

レジュメは下記サイトで公開しています

アマチュアになる方法: 杉山昂平 リサーチ・ポートフォリオ

 

 

[学術英語]theoretical puzzle

さいきん2回ほど見かけた学術英語の表現で,theoretical puzzleというものがある.puzzleには「難問」という意味があるので,「理論的難問」を意味する.用例を見ている感じ,「ある現象に関して,理論的には相反する2つのメカニズムが働いていると考えられる.では,両メカニズムが働いた結果,現実はどのようになっているのか」ということを理論的難問と呼んでいる.

例えば,American Sociological Assosicationが2013年に博論賞を出したLarissa Buchholzの研究("The Global Rules of Art")の紹介では,こんなtheoretical puzzleが使われている.

本研究は,ひとつのtheoretical puzzleから始まっている:グローバリゼーションは,文化的生産物の国境を越えた流れと評価を不可避にともなう.このとき,このダイナミクスは,一部の西洋諸国からの文化的生産物が支配を拡大することを導いて文化的同質性に帰着するのだろうか.それとも,非西洋諸国の生産物がより流通し,認知を増すことを可能にして文化的多様性の増加をもたらすのだろうか?

The study begins with a theoretical puzzle: as globalization entails extraordinary cross-border flows and growing transnational valuation of cultural goods, will these dynamics lead to the extended dominance of cultural goods from a few Western countries, resulting in cultural homogeneity, or enable greater circulation and recognition of cultural creations from non-Western regions, and thereby produce increased cultural diversity?

あるいは,American Sociological Reviewに載ったMargaret Fryeの研究("Cultural Meanings and the Aggregation of Actions: The Case of Sex and Schooling in Malawi")のアブストラクトがある.

文化的意味は,どのようにして行為の集合的パターンから逸れると同時に原因になるのだろうか?一方では,共有された認知的連合は人びとの日常行為を導き,それらの行為が集まってふるまいの傾向――社会学者が測定し理解したいもの――を生み出す.他方で,共有された理解は,しばしばふるまいの傾向に矛盾する.このtheoretical puzzleに,マラウイにおける性関係と学校からのドロップアウトに関する経験的ケースを検討することで取り組む.

How can cultural understandings simultaneously diverge from and contribute to aggregate patterns of action? On one hand, shared cognitive associations guide people’s everyday actions, and these actions comprise the behavioral trends that sociologists seek to measure and understand. On the other hand, these shared understandings often contradict behavioral trends. I address this theoretical puzzle by considering the empirical case of sexual relationships and school dropout in Malawi.

相反する2つのメカニズムが働いていると理論的に考えられるとき,「では,経験的データを見ることで,結果として両者がどのように関係しあっているのかを見よう」というのがtheoretical puzzleを解くということだ.『社会を説明する――批判的実在論による社会科学論』における

あるいくつかのメカニズムはお互いを強化しあい,他のメカニズムはお互いの発現を妨害しあっている(p. 88)

どんなときも,相異なった様々なメカニズムの活動の現実の効果については,ある不確定さが存在してる(p. 89)

という考え方に通ずる.

 『イシューからはじめよ』では,イシューの定義を

A)a matter that is in dispute between two or more parties

  2つ以上の集団の間で決着のついていない問題

B)a vital or unsettled matter

  根本に関わる,もしくは白黒がはっきりしていない問題

という両条件を満たす問題としている.theoretical puzzleは,イシューとしての条件をけっこう満たしているように思える.これが見つかると面白い研究になりそうである.

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

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小林 (2017) ライフスタイルの社会学

1章と4章を.

教育,職業,収入における階層的地位グループによって,ライフスタイル領域ごとに階層格差はあるのか.その結果,階層的地位は,どのようにライフスタイルを規定するのか(p.10)

という問題の計量分析が行われている.例えば4章は「趣味」がテーマで,特に芸術文化消費におけるオムニボア(雑食)/ユニボア(偏食)の分析から,収入が高い人ほど様々な芸術文化を消費する(オムニボア)である,ゆえに「文化格差」があった,という回答がなされている.

 こういう結果を「格差」として提示するとき,それは「解消されるべきもの」「是正されるべきもの」であるという規範的な主張も含まれているように思うのだけど,「ライフスタイル格差」の場合,なぜそれを解消すべきなのか,どう主張を正当化したら良いのか分からなかった. 4章の冒頭では,

この章では,階層グループによって,人びとの「趣味」のもち方に偏りがないのかを分析する.趣味をもって豊かな時間を過ごせれば,ライフスタイルがより豊かになるだろう (p. 69)

という風に書いてあるけれど,「趣味をもって豊かな時間を過ごすこと」は,オムニボアだろうとユニボアだろうと可能である.ユニボアだって「趣味」をもっていることに変わりはないのだから.それゆえ,ライフスタイル格差があろうとなかろうと,趣味をもって豊かな時間を過ごし,ライフスタイルを豊かにすることはできると思う.じゃあ,ライフスタイル格差は無くすべきなのか.無くすべきなら,なぜか.

 マーケティング側の問題として,「ある社会階層の人たちがあまりコンサートに来てくれない」という結果があるから何らかの手段を講じるべき,ということなら分かりやすいのだが,ここでの問題はそれとは違う.個人的には「ライフスタイル格差を無くすべき」という主張を支える論理が見つけられたら面白いな,とは思っているけど,今すぐには思いつかない.

*分かりやすいのは,「ライフスタイル格差が存在することによって社会経済的な不平等が維持されてしまう」という文化資本―社会階層系の議論に乗っかることだけど,もうちょっとライフスタイルの領域の内部にとどめて議論する方向性はないのかしら,と思う.